Psalm 127

By Moshe Katz, translated to Japanese by Shiori Iwagaki

詩編127章 1-2

ソロモンの詩

主御自身が建ててくださるのでなければ家を建てる人の労苦はむなしい。

家とは何か。レンガと石の積み重ねに過ぎないのだろうか。では家族とは何なのか。血縁と法的拘束に基づく人間関係に過ぎないのだろうか。それではビジネスとは何か。書類と取引の積み重ねに過ぎないのだろうか。

形式的なものそれ以上は何ら存在しないのだろうか。いや、家には作った者の心が宿っている。ではその家の建に対する意図、求めるもの、とりわけそこに持つ関心の中心は何であろうか。何が心の中にあるのだろう。作ることによって得られる報酬金か、それとも素晴らしい家を作りたいという思いだろうか。

  もしビジネスがただ金儲けのためだけであるなら、そこから何が得られるのだろうか。おそらく無味乾燥な仕事をこなして、顧客には全く心のこもらない応対をするだろう。誠実な心と配慮を欠いては神の祝福は得られまい。ビジネスは適切な精神を欠いた抜け殻でしかなくなるだろう。精神、配慮、愛、これらは神が我々の中にもたらすものである。だからもし神が共に家を建ててくださらないならば、その建設の労苦は無為に終わってしまう。

主御自身が守ってくださるのでなければ町を守る人が目覚めているのもむなしい。

  戦いに勝つのはどのような人か。報酬目当ての傭兵だろうか、それとも強固な信念に基づく志士だろうか。我々の中に神の祝福がなければ適切な防御はできまい。信念と、自己の行動に対する確信がなければ、見張りが目覚めていても無駄である。彼は注意を払ってなどいまい。交代の時間が来るのをただ待っているだけだろう。  たとえば我々の家族に、ビジネスに、クラヴマガの組織に神の祝福を得るためには、我々は自分たちの振る舞いや目的に真に誠実でなければならない。人助けをしたいのだ、というふりをするのではなく、実際に心から人助けをしたいと思わなければならない。神が組織を顧みられないのであれば、我々の労働は無意味である。

朝早く起き、夜おそく休み

焦慮してパンを食べる人よ

それは、むなしいことではないか

主は愛する者に眠りをお与えになるのだから

ラビたちは言う、ライオンのように早起きをせよ、怠け心に打ち勝ちなさい、と。ではどうすればよいのだろう。もし目的が心にはっきりと存し、支える精神を持ち、目標と情熱があればすなわち可能である。しかし中身が空虚で精神を欠いているならば、それは無駄だろう。

  夜遅くまで起きていることも同様である。何の目的があって夜更かしをするのだろう。我々が為すべきことの中には、物質的なもの以外のものも必要である。安心、静穏、内にある平静といったものは、内的なものに意識を向けてはじめて得られるものである。

(詩編127章、個人的解釈 今は亡き我が父我が教師ラビ、ポール・M・カッツの息子、モシェ・D・カッツによる)

モシェ・カッツ

IKI(イスラエリ・クラヴ・インターナショナル)代表

訳 岩垣志織

原文(英語)  http://www.your-krav-maga-expert.com/psalm-127.html聖書の日本語訳は財団法人日本聖書協会発行 中型ハンディバイブル 新共同訳に基づく

Psalm 127 in English