クラヴマガ教師の陥る罠

The Krav Maga Teacher Trap

モシェ・カッツ クラヴマガインストラクター、イスラエル

何年か前、“The Parent Trap”(邦題;ファミリー・ゲーム双子の天使)という映画があったが、最近“The Teacher Trap”(教師の陥る罠)という考えがふと浮かんだ。もっと正確に言えば“The Martial Arts Teacher Trap”(格闘技教師の陥る罠)という考えである。説明しよう。ここ数年の間ににわかに認識し始めたものであるが、読者の多くはセミナーや普段のクラスで私が言っているのを聞いていることと思う。格闘技の教師はどうも自分自身やその実力について慢心しがちだということである。

道場や練習スタジオでの経験を通して、我々は多くの派手なナイフ武装解除ができたり、攻撃者を人形を扱うように投げ飛ばしたりできると信じてしまう気がある。あたかもアーノルド・シュワルツェネッガー、ジャン=クロード・ヴァン・ダム、シルヴェスター・スタローンがまとめて一役になったような具合である。

これは正しい認識ではない。

道場でもっとも高いランクに位置付けられていると、何やら力を得たように感じられ、実戦でも道場での技術がそのままの形で実践できると錯覚してしまう。

かつて賢人が言った。道場やスタジオにおける最悪の演武でも、実戦における最高の技術よりもまだマシなのである、と。加えてまだ言うべきことがある。

道場やスタジオでは、我々は実戦とは似ても似つかない居心地の良い環境にいるのみならず、害になる技術を生み出す状況にある。

説明しよう。

あらゆる格闘技はもともと自己防衛のために開発されてきた。街中であれ、森の中であれ、郊外の村であれどこでも防衛のためにすべきテクニックはたった一つ、単純であり、総合的に体を使うのである。

道場という象牙の塔、ショッピングモール内の小奇麗なスタジオでは何が行われているのか。我々はテクニックを“磨き”、完璧な見た目を作り上げる。そしてあらゆる磨かれた食物のように、結局だめにしてしまうのだ。我々は最も栄養価の高い部分を取り除いてしまっている。

スタジオでは教師は簡単に教師の陥りやすい罠にはまってしまう。ではどのように?私が発見したこの罠はありふれていて、クラヴマガを含むほぼあらゆる格闘技の教師に見られるものである。

では教えよう。

教師であるならば当然攻撃がどういうものであるかは知っている。ともかく生徒のひとりを前に呼んで言う“では右手でナイフを持って上向きから攻撃をしかけてください”と。ここにおいて思いがけなさという要素を少しだけでも取り除いてしまったようではないだろうか。

しばらくすると、気付かないうちに我々は攻撃を予想し始めるようになる。ある意味、先手を打つ準備ができているということである。これは実戦ではありえないことである。

今やブルース・リーまでもが“ハリボテへの攻撃”もしくは“準備通りの攻撃”のことを話す。彼の攻撃があるのか、そしてそれがいつなのかが分かればさぞよいことだろう。クラヴマガでは通常隠してあったナイフによる突然の攻撃に対処する。研究や監視カメラの映像を見ると攻撃が予想できることは殆どありえないことが分かる。大抵の場合、攻撃を認識するのはナイフが自分に突き刺さるほんの一瞬前のことなのである。

だから私がトレーニングするときは、攻撃が来ることはもちろん知ってはいるのであるが、精神的にはリラックスして、何かに備えている状態にならないようにしている。正直に言うと、いくつかのビデオクリップでは、私はこの体の割に腹が大き過ぎるように見えるものもある。これは私が体を完全にリラックスさせようとした結果であると認識している。私はよくクラヴマガとは全く関係ないことを考えて気を散らしたりもする。その時に、生徒は私を攻撃してくるのである。私はできるだけ自然な形を見せられるようにこういうことをするわけである。私は生徒に強調して言う「攻撃を予想しすぎないように。君は彼を掴むのが早すぎる、それはまさに君が彼の攻撃を予期していたからに他ならない。リラックスして、自然に流れるように動きなさい」

最近よく知られたクラヴマガインストラクターのビデオを見た。彼は予期された腹部へのナイフ攻撃に際して、飛び掛かるテクニックを教えていた。私にはこれはとても危険な行為に見えた。ナイフに向かって飛び込むなんて!もし間違ったら、もしタイミングがずれていたら、もし相手が攻撃の向きを変えていたら?

どうしてこういう悪弊がはびこってしまうのだろうか?

彼らは“教師の陥る罠”にはまってしまっているのだ。教師は攻撃が来るのを知っているし、自覚しないままに攻撃を予期している。そして現実的ではないテクニックを開発してしまうのである。

まだ生徒のままだと考えるように。自分自身の不意をつくように。時には“カッコ悪く”見えることを仕方ないと思うように。それこそが現実なのだから。

Krav Maga Teacher Trap - English